戦後71年目の真実。17個の原爆投下により放射能の海になるハズだった日本。

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こんにちは!や~べ~です。

今回は、戦後71年目の真実。17個の原爆投下により放射能の海になるハズだった日本。、ということで記事を書いていきたいと思います。

 
「広島」と「長崎」の二つの都市に原爆が投下され、日本が降伏することになり、終戦に至ったという事は誰でも知っている歴史の流れだと思うのですが、

時のアメリカ大統領トルーマンとアメリカ軍の間では、原爆投下のプロジェクトに対して、原爆投下の是非や投下目標について、様々な議論が行われていたそうです。

 
衝撃的なのは、プロジェクトの計画には、原爆を最大17個製造する準備があり、広島、長崎の他にも、小倉、新潟が投下目標として、実際に投下計画に記載されていたことです。

現実には、2つの原爆投下で終戦を迎えましたが、トルーマンの判断次第では、複数の原爆投下によって日本が放射能の海になる可能性も充分にあったということが言えると思います。

 
今回の記事は、

「NHKスペシャル決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~」

を参考に書かせて頂きます。

 

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戦後71年目の真実。17個の原爆投下により放射能の海になるハズだった日本。

 
「NHKスペシャル決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~」

 
 
 
 
 

 
アメリカは終戦の年、

ルーズベルト大統領が亡くなって、副大統領のトルーマンが代わりに指揮をとることとなりました。

原爆投下のプロジェクトはルーズベルト大統領が極秘任務として、非公開に開始したもので、水面下で着々と準備が進められていました。

 
トルーマンが指揮をとり始めた当初、原爆投下のプロジェクトの存在を認知しておらず、のちの進捗報告の場で初めて知ることとなります。

原爆投下の半年前から、大統領サイドと軍サイドで、投下の是非、投下場所について様々な議論がなされていました。

 
 
 
 
 

 
そんな中、同年7月にアメリカは原爆の実験に成功します。

この時すでに、日本の大多数の都市は、アメリカ軍戦闘機の空襲により大きなダメージを負っていました。

ナチスドイツの勢力も衰退し、戦争をどう終わらせるのか、を考えるべきタイミングに入りつつありました。

 
 
 
 
 

 
アメリカ軍の原爆投下プロジェクトを進める人物は、実験に成功した原爆を、実際の戦争で使うことを目指していたので、終戦になる前にどうにか使いたいと考えてました。

原爆投下は総額22億ドル以上の費用を費やしたプロジェクトで、実験に成功したにも関わらず実戦で使われなかった場合、軍法会議で懲罰を受ける可能性もあり、それを恐れていたという背景もありました。

プロジェクトの成果を評価する為にも、今まで空襲にあっていない都市に原爆を落とすことによって、原爆の威力をわかりやすく考察することも考えていました。

戦争が続く場合、17個の原爆を製造する計画も立てていました。

 
 
 
 
 

 
終戦間際に無傷の都市として、最初に原爆投下の候補にあがったのは、実は「京都」でした。

 
 
 
 
 

 
文民統制の方式をとっているアメリカは、軍の報告を受けてそれを大統領が承認することで、初めて軍事行動に移すことができます。

原爆投下前、都市への大規模な空襲を既に行っていたので、国際社会から「無差別殺人」と捉えられるのではないかと、大統領サイドは危惧していました。

ましてや、原爆の投下などナチスよりも非道な事をしたことになるのでないかと。

そうした危惧の念から、軍事施設のない京都には原爆は落とせないと、大統領サイドは判断しました。

 
 
 
 
 

 
京都の投下目標を諦めきれない軍は、承認を得ようと6回以上も大統領サイドへ交渉にいきました。

それでも承認が得られないので、次に原爆の威力を考察しやすいとされた広島に軍事拠点があるという虚偽の報告をし、広島の他、小倉、長崎、新潟などを投下目標とした複数の原爆投下作戦の草案がつくられました。

この作戦は、大統領の直接承認が得られてないタイミングに、軍の担当者が起案したものです。

 
これにより、大統領の明確な判断がないままに、原爆投下の作戦が動き始めてしまったのです。

 
 
 
 
 

 
そして、ついに広島に原爆が投下されます。

 
 
 
 
 

 
その時、トルーマンはポツダム宣言の締結に向けた会議の帰り道で、大西洋上の船の上にいました。

トルーマンは、この原爆投下で広島にある軍事施設を壊滅させたと思っていました。

 
しかし、アメリカ本土に戻り、報告書の写真を見た時、市街地が壊滅している様子を目の当たりにしました。

そこで、現実には軍事施設ではなく市街地を壊滅させてしまったことを知ったトルーマンは、それ以降の原爆投下を中止する命令を下したのです。

 
しかし、中止の指令が実行部隊に届いた時には、すでに時遅く、長崎に2つめの原爆が投下されたあとでした。

 
 
 
 
 

 
トルーマンのその後のコメントでは、

 
「戦争を早期に終わらせるため、アメリカの軍人の命を守るため、原爆投下は必要だった。」

 
と、しています。

 
このコメントは、これまでアメリカや日本では常識となっており、原爆投下の正当な理由として認識されていました。

 
ですが、今回の情報を含めて考えてみると、必ずしも、戦争の早期決着だけの目的で、原爆投下をしたとは考え辛いように思います。

色んな立場で、思惑があり、考えていることがあり、それぞれ自分の利益になるように行動してしまった、という事なのだと思います。

 
結果として、原爆を実戦使用し、都市を壊滅させ、多くの人々が犠牲になりました。

 
 
 
 
 

 

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思ったこと

 
今回は原爆を中心に記事を書きましたが、戦争ではアメリカだけてなく、日本も真珠湾を奇襲するなど多くの人々を犠牲にした作戦を行ったことも忘れてはいけません。

 
第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)|日本の戦争の歴史
http://warof.jp/nenpyo.html

 
人と人がそれぞれの国や組織に分かれて、争う戦争や紛争は、いつの世でも起こりうることだと思います。

現代でも、兵器の後ろ楯がなければ、平和を維持することはとても難しいことなんだろうと思います。

 
でも、これから目指すべき理想としては、

「紛争を武力以外で平和的に解決する高尚なすべを見つけ、会得する。」

ことではないでしょうか?

 
武力以外で統治する方法を具現化できれば、人類の進歩を証明することにもなると思います。

 
どんなに文明が発達しても、武力を背景にしないと治まらない世の中では、悲しいと思います。

 
いつの日か、武力、兵器を一切使わない、平和的な紛争解決の方法が見つかることを期待します。

 
参考記事

・決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~|NHKスペシャル
http://tvmatome.net/archives/4771

・【NHKスペシャル】決断なき原爆投下~米大統領 71年目の真実~ |じゅにあのTV視聴録
http://ameblo.jp/skyblue-junior/entry-12188920410.html

 
じゃあ、今回はここまでっ!!

ではではっ!(´∀`*)ノシ

 

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